映画

『ボヘミアン・ラプソディ』

皆様こんにちは、はまさんすーです

今回ご紹介するのは

『ボヘミアン・ラプソディ』です

皆さんは「QUEEN」と言うロックバンドをご存知ですか?

タンクトップのランニングシャツにちょび髭の男。

ひと目見ただけでQUEENのリードヴォーカリスト、フレディ・マーキュリーその人とわかる強烈なビジュアル。

特徴的なリフな鳴り響かせるギターのブライアン・メイに、正確にソウルフルにビートを刻むジョン・ディーコンと

ロジャー・テイラーのベースとドラム、

そしてライブ会場に朗々と響き渡るフレディ・マーキュリーの歌声。

奇跡的に集まった4人のアーティストが織りなす化学反応はまたたく間に世界を熱狂させました。

この映画、「ボヘミアン・ラプソディ」はそんな「QUEEN」の成功と栄光、苦難と挫折、

そしてライヴエイドでの伝説の20分間をQUEENの豪華な楽曲とラミ・マレックや、

グウィリム・リーらの熱演で表現した一大伝記映画となっています。

この記事の目次(タップして読みたいところへ)

あらすじ

最初に、この映画は伝記映画であるものの、わかり易さやドラマ性、演出上の都合なども重視された結果、

一部史実とは違う、時系列などの変更がある点をここに明記しておきます。

Somebody to Love 愛すべき誰か・・・。

QUEENのヴォーカリスト、フレディ・マーキュリーは今まさに、世界中のスーパースターが集まった

チャリティーライブ「ライヴエイド」のライヴ会場に臨もうとしていた。

若い頃の彼は空港で荷運びのバイトをし、日々、曲を作ったりしながら、

どこか、自分が輝ける場所を探すような若者の一人だった。

彼の家族は、インドからイギリスへ移り住んできた移民の家族であった。

厳格な父と、愛情深い母、明るい妹との4人家族。

毎日のように遊び歩くフレディに対し、父親は「善き思い、善き言葉、善き行い」をしろと口を酸っぱくして伝える。

しかし、そんな父親に対しフレディは「それを守っていいことあった?」と反駁し、飛び出していってしまう。

ある日、お気に入りのバンド「SMILE」のライヴを見に行っていた彼は、なんとか彼らと接触をしようと楽屋裏へと訪ねていく。

その道すがらフレディは魅力的な女性、メアリーと出会う。

後ろ髪ひかれながらも彼女の元を去り、「SMILE」のメンバーの前に立った彼はそこで、

ちょうどヴォーカリストが脱退してしまっていたことを知る。

これは天啓と、彼は自身をヴォーカリストにどうかと持ちかける。

「SMILE」の残されたメンバー、ブライアン・メイとロジャー・テイラーは突然現れた出っ歯の移民に懐疑的だ。

しかし、そこでフレディは突然に歌い出し、彼らに自分の歌唱力を見せつける。

電撃的に出会った彼らは、ベースのジョン・ディーコンを引っ張り込み、

ここに後の伝説のロックバンド「QUEEN」を結成するのだった。

みなさんにとってロックスターは誰ですか?

プレスリー、ビートルズ、ザ・フー、ストーンズ、ツェッペリン、ジミヘン、スライ、

ガンズ、ニルヴァーナ、レッチリ、オアシス、レディオヘッド・・・

綺羅星のように幾多のロックスターは産まれ、流れ星のように数多に消えていきます。

趣味嗜好が細分化した現代、音楽のジャンルも人気も細分化していっています。

電子機器の発達によって進化したEDMやクラブミュージック、

先鋭化しては大衆化していくディーヴァやアイドルなどのポップス文化。

一時期、世界中の人の共通言語であったロックミュージックはもはや音楽の一つの表現方法、

方法論の一つになってしまったのでしょうか?

懐古主義の人々のみが聴くジャンルの一つになってしまったのでしょうか?

いや、そんなことはない!と声高に叫ぶほどの根拠は私にはありません。

しかし、この映画、ロックバンドの半生を描いた「ボヘミアン・ラプソディ」が日本で大ヒットしたと言う一つの事実が、

私に、まだロックの幕は下ろされてはいないのだろうと思わせてくれます。

文化というものは振り子のようなものです。

寄せては返す波のように、常にメインカルチャーに対してカウンターカルチャーというものが産まれ、

サブカルチャーは手を変え、品を変え、形を変えて生き続けていくのです。

不死鳥のようにまたロックがリバイバルされていく時代が来るのかもしれません。

ロックの時代を生きた人々は、今の時代を悲観しているのかもしれませんが、

次の時代は今もうすでにどこかで始まっているのかもしれませんよ。

私たちはそんな波に揺られて、さらわれて、次はどんな時代を旅するのでしょうか。

「ボヘミアン・ラプソディ」という伝説の時代を生きた人間の映画を見ながら、次の時代の始まりを待つとしましょうか。

ここからネタバレ注意!

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ライヴ会場で出会ったメアリーとフレディは恋仲へと発展し「QUEEN」と改名したバンドはバンに乗り、

ドサ回りのライヴ活動を続けていた。

ビッグスターを夢見たフレディはアルバムを作ることを提案し、一念発起したメンバーはおんぼろバンを売り飛ばし、

非常に実験的なサウンド、遊び心に溢れたテクニックをふんだんに取り入れたアルバムレコーディングへと没頭する。

その様子はEMIレコードのマネージャの目に留まり、スカウトされるのだった。

メジャーデビュー、国内でのヒット、海外でのライヴなど彼らは大躍進を遂げていく。

ある時、彼らはBBCの番組で「キラークイーン」を披露するのだが、生演奏、生歌なしで、

口パクでやってくれという局側の意向に彼らは大反発する。

この「キラークイーン」の動画は私も何度も目にしたことがあるのですが、

その裏側にこんなエピソードがあったというのには驚きました。

世界的なロックスターとなり、フレディはメアリーにプロポーズする。

順風満帆な生活を謳歌していた彼らだが、EMIから新しいアルバムを作るように要請される。

EMIは以前のアルバムを踏襲したものを作ってくれと要求するのだが、常に革新的なものを求めるフレディは、

オペラを取り入れたものを作ると豪語し、田舎でのレコーディング生活を始める。

曲作りで喧嘩するメンバーや、フレディに粉をかけてくるポールという男の存在などがありながらも、フレディは

稀代の名曲「ボヘミアン・ラプソディ」を誕生させ、アルバム「オペラ座の夜」を完成させる。


私とQUEENの出会いはこの「ボヘミアン・ラプソディ」でした。

フレディが亡くなった何年も後、当時、中学生だった私は、友人の家でこの曲と出会います。

めちゃくちゃ衝撃を受けましたね。

ロックでこんな事ができるのかと、ロックでこんな壮大な曲ができるのかと、めちゃくちゃ衝撃を受けました。

当時、世界中の人が受けたであろう衝撃と同じような衝撃を、何年も後の人間にも感じさせることができるというのは

音楽というものの不変性を感じさせてくれます。

この曲に影響を受けたであろう曲といえば、My Chemical RomanceのWelcome To The Black Paradeですね。

この曲も私は好きです。

QUEENの楽曲の私が思う特徴としては、その楽曲の一つの焦点へと向かっていく音楽のうねりと、そこからの解放です。

「ボヘミアン・ラプソディ」などがそれが顕著に感じられるのですが、フレディの物憂げな独唱から始まり、

壮大なテーマを感じさせる展開、バックでは緊張感のあるコーラスが続き、

そして、ブライアン・メイのグルーヴに溢れたギターからの感情の爆発、といったように、

同じテーマを繰り返しながらも加速していき、破滅へと向かっていくという感じが、序・破・急を感じさせてくれるのです。

どのヒット曲も、なんというか、ゴージャスなんですよね。

ライヴ映えするだろうなと思わせてくれて、これこそがQUEENでしか、フレディ・マーキュリーでしか表現できない色なんだろうなと思わせてくれます。

ネタバレトークに戻りまして、

名アルバム「オペラ座の夜」には満足しながらも、EMIの重鎮は「ボヘミアン・ラプソディ」のシングルカットに大反対する。

揉めに揉めたQUEENはEMIと決裂してしまう。

そこでフレディはゲリラ的に「ボヘミアン・ラプソディ」をラジオ局で流してしまい、

その曲は評論家連中には酷評されながらも大ヒットを記録する。

人気が爆発したQUEENは世界中でライヴを行うのだが、その裏で、フレディは自身の性的倒錯に悩む。

フレディは自身がバイセクシャルであることをメアリーに吐露したのだが、二人は結局別居してしまうのだった。

豪邸に猫と住むフレディは、髪をバッサリと切り、トレードマークの短髪とちょび髭へとイメチェンする。

寂しさを紛らわせるためか、豪勢なパーティーを開くのだが、彼の心は空虚なままだった。

そこで彼は、後に彼を大きく支える人物、ジム・ハットンと出会うのだった。

毎度のようにレコーディングに遅刻する彼に業を煮やしたメンバーは勝手に曲を作り始める。

聴衆と一体になれるような曲を作ろうと、そこで産まれたのがあの名曲、「ウィー・ウィル・ロック・ユー」なのだった。

彼の身の回りの世話をしていたポールは、フレディにソロの話が来ていることをマネージャに伝える。

このポールってやつが曲者で、ソロデビューの話をフレディに話したマネージャをフレディに嫌わせるよう罠にはめたり、

他のメンバーともフレディに距離を置かせようとしてくるのです。

フレディとバンドメンバーの不和もありながらも、その中でアナザー・ワン・バイツァダストで有名な

「地獄へ道連れ」なども生まれるのだが、フレディはゲイコミュニティに入り浸るようになってしまう。

アルコールやドラッグに溺れたフレディは記者会見で、私生活や性のことを突っ込まれ、激昂してしまう。

そして、ただれた私生活や、メンバーとの不仲に疲れたフレディはバンドの解散を言い出してしまう。

今まで家族同然に連れ添ってきたバンドメンバーに最低な発言をし、彼らQUEENは瓦解してしまったのだった。

ポールや、彼の取り巻きに囲まれた生活と、慣れないバックバンドのミュージシャンとの仕事に彼は疲れ果てていくのだった。

メアリーがフレディを心配して電話をかけても、ポールに妨害され、QUEENのマネージャがライヴエイドという

でかい仕事があると伝えようとしてもまたしてもポールに遮られてしまう。

ある日、心配で耐えきれなくなったメアリーはフレディの元を訪ねる。

そこには、外界の情報も制限され、孤独に苛まれた、疲弊しきったフレディがいた。

フレディは彼女に君が必要だと伝えますが、彼女はすでに新しい彼氏との子供を妊娠していたのだった。

ポールの不義や、メアリーの妊娠などにショックを受けたフレディは、自分には家族がいない、自分は孤独だと絶望してしまう。

しかし、メアリーは彼にこう言うのだった。「あなたには家族がいるじゃない。私やバンドメンバーは家族よ。なにが大事か思い出して」と。

大雨が降りしきる中、フレディを家の中に呼び戻そうとポールがやってくる。

フレディは決然とした表情で彼を突き放し、一人の力で歩き始めたのだった。

ここでバックにデビッド・ボウイとの共作曲「アンダー・プレッシャー」が流れるのですが、最高にかっこよかったです。

後日、テレビの中でフレディのゴシップを売り飛ばすポールを尻目に、フレディはバンドメンバー三人を呼び出し、

今までの非礼を詫び、再結成を懇願する。

殊勝なフレディにいたずらしながらも、果たしてここに「QUEEN」が再結成されたのだった。

ライヴエイドの出演を問われたフレディは、出ないと後悔すると断言し、久しぶりのバンド活動を再開した。

すでにエイズに冒されていたフレディは、バンドメンバーにそれを告白し、憐れまれるのは嫌だ、伝説になろうといい、

先が短い人生をバンドと生きるとメンバーと固く誓うのだった。

広いロンドンからジム・ハットンを見つけ出し、フレディは彼とともに、自分の本当の家族のもとを訪れる。

長年、しこりが残っていた父に彼は、僕はこれから「善き思い、善き言葉、善き行い」をしてくるよと言い、

熱い抱擁を交わした後、ライヴエイドへと旅立つのだった。


そして伝説の20分間は始まります。

エルトン・ジョンがステージ裏で地団駄を踏んだというほどの、その圧巻のライヴパフォーマンスを再現した見事な映像は是非、

本編でご覧ください。

そしてフレディ・マーキュリーは1991年、45歳という若さでこの世を去るのでした。

タンクトップでちょび髭なのにこんなにかっこいいなんて、なんででしょうかね?

主演のラミ・マレックも小柄ながらもフレディを熱演していて素晴らしかったです。

何より、私が一番すごいと思ったのはブライアン・メイ役のグウィリム・リーです。

もうブライアン・メイにしか見えない(笑)

この映画を見て一番好きになったのもブライアン・メイです。

いやー、彼が一番大人でしたね。超絶ギタリストでありながらも物理学博士号を持っていて、その上性格もいいなんて、

まさにプロフェッショナルでしたね。

そんな彼や、才能あふれるドラマーやベーシストがいたからこそ、フレディも好き勝手意見をぶつけたりして、

最大限に才能を爆発させることができていたのでしょう。

また、ブライアン・メイはコインでギターを弾いていたことでも有名ですが、かっこよすぎますね。


ライヴエイドの再現も素晴らしかったです。ライヴエイド自体すごいイベントで、84カ国で同時中継され、メンバーも

デビッド・ボウイ、ザ・フー、エルトン・ジョン、ポール・マッカトニー、マドンナ、ニール・ヤング、

クラプトンにツェッペリン、マドンナ、ストーンズにボブ・ディラン、と歴史の教科書に載るレベルのメンバーです。

そんな中で、QUEENのライヴは世界の歴代のベストライヴのトップに名を連ねるほどのものでした。

それを再現するのは非常に大変だったでしょうが、この映画ではその熱量の再現に成功しています。

最後のライヴシーンは拍手喝采ものでした。

この映画に不満はほとんどないのですが、少し心残りなのが、フルで「ボヘミアン・ラプソディ」と

「アンダー・プレッシャー」が聞けなかったことと、「バイシクル・レース」が流れなかったこと、

フレディの日本でのエピソードがほぼなかったこと、

そして一部日本語の歌詞がある「手をとりあって」と言う曲も聞けなかったことですかね。

まぁ。後半二つはほとんど難癖に近いものですが(笑)

Tレックスやデビッド・ボウイから始まり、QUEENで隆盛を極めたグラムロックは日本へも多大な影響を及ぼしました。

ビジュアル系バンドや、イエモンなどのロックバンドも彼らのコンテクスト上にいるのです。

現代に息づく文化たちにも彼らの因子がどこかに潜んでいるのかもしれません。

一人の男、一つのバンドのその凄絶な生き様はまさにロックスターと呼ぶものにふさわしいでしょう。

愛と孤独に悩み、豊かな才能と卓抜としたそのショーマンシップで世界中の人々に愛された一人の男の生き様がこの映画にはあります。

ボヘミアンとは定住せず、漂流する流浪の民、異民族たちと言う意味があります。

インドからイギリスへと渡り、大勢の愛を受けながらも、愛に飢え続けたフレディが作った名曲「ボヘミアン・ラプソディ」は

奇しくも、その歌詞がまるで彼の人生を描いたような曲となり、QUEENを代表する曲の一つとなりました。

「ボヘミアン・ラプソディ」と言うタイトルは、この映画を象徴するのにこれ以上無いほどふさわしいタイトルでしょう。

移民という生い立ち、ライヴバンドとして世界を漂流する性、愛を求めてさすらう人生。

あらゆる意味で彼はボヘミアンなのでした。

そんな彼が歌うこの曲だからこそ私達は心震わされたのでしょう。

この映画もそんな彼の生きざまを描いたからこそ私達の心を震わせているのでしょう。

あなたには愛すべき誰かはいますか?

それではまたお会いしましょう。